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(提供:NASA/JAXA) 野口聡一×立花隆 対談


3.コロンビア事故の衝撃(2)

野口 ご承知のように、2003年2月1日午前9時ごろに、
ケネディ宇宙センターへ帰還着陸を目指した
コロンビアが、テキサス上空で機体がコントロールを
失い、空中分解事故を起こしました。
この事故については、「コロンビア事故調査委員会」
が設置され03年7月に、再発防止策を盛り込んだ
詳細な最終報告を出しましたが、その間私たちの
ミッションはずっと待たされていましたから。

立花 コロンビアが事故を起こさなければ、あのあと
4週間後に出発予定でしたね。

野口 はい。
アトランティスというスペースシャトルに乗る
フライト予定になっていましたから。

立花 ええ。 確か、目前と言ってもいいぐらいの時期
でしたね。

野口 はい。 正確には2003年3月1日予定で、2月1日が
コロンビア事故ですから、まさに目前でした。

立花 コロンビア事故はびっくりしたでしょ。
どこであのニュースを聞いたんですか?

野口 ニュースを聞いたのは自宅でした。
だいたいフライトの一カ月前あたりが訓練の一番
ピークで、忙しいんですよ。 その翌週もタイトな
スケジュールが入っていました。 ちょうど土曜の朝で、
子供を学校に送って帰ってきて、普段ならたとえば、
テレビを見たり、インターネットのニュースをチェックし
たりしてるんですけど、非常に忙しかったので、
朝から一人で次の週の予習をやるつもりでいたところ
でした。 だからその日は朝からテレビつけてなかったんですよ。 で、僕が起きたのが、八時十六分で子供を送って帰り着いたちょうど九時すぎに、最初に電話をくれたのが毛利衛さんでした。 毛利さんが「ちょっと大変なことになったな」と言う。 「え、何ですか?」と聞き返したら「コロンビアが、帰還の途中で通信途絶して……」と。 毛利さんはその時点で、日本のCNNご覧になって、急いで電話をかけてきたんです。

立花 私もあのとき、たまたまCNNをつけていました。

野口 ああ、そうですか。

立花 私などの印象では、要するにコロンビアのフライトはルーティン飛行だっていう感じでした。 ところが、降りてくる映像を見てたら、何か最初、船体に白いような線が浮き出てきました。 「あれ、何でしょう」みたいなことをアナウンサーが言ったりして事態が把握できないままに、どんどん時間がたってね……。 三つに空中分解したように見えました。 その全過程を、たまたまCNNの中継を全部同時に見ていたんです。

野口 毛利さんもそれを見られていて、NASAから最終的に、これはまずいという話が出る前に、「これはちょっとやばいね」ということで、私のほうに電話をよこされた。 おそらく、チャレンジャーのときのご記憶がおありだったと思うんですけども。 私は電話を受けて、「ええ?」って驚いて、テレビをつけようとしたのですが、改めて電話機を眺めてみると、留守番電話のテープが一杯になるほど録音が入っていたんです。 それまで気がつかなかったんですね、朝から子供を送たりして忙しかったので。 たぶん、そうしてる間も、ヒューストンではリアルタイムです。 「これは大変だ」と皆それぞれから刻々と事態を知らせてくれる電話が入っていたんです。 その後、皆もNASAに出勤したりとか、フロリダのケネディ宇宙センターに移動したようです。 ちょっとこう、時間の谷間というか、電話がなかった空白時に私が帰宅して、こう予習しようとしているときに、毛利さんから電話がかかってきた。 そういう感じなんですよ。 私も、その後はあわててNASAに行き、さらにその後は、事態の確認、七人のクルーの遺族の世話やケアですとか収拾やらいろいろなことに追われました。

立花 中継の話ですが、私にはしばらくずうっと、何が起きたのかわからなかったんです。

野口 私にもわからなかったですね。 ただ、通信が途絶して、フロリダに来てないっていうところでもう、通信途絶の時間帯と、少なくとも、その時点で、救難信号も出てないということで、もう、ダメだろうというのは、すぐわかったんです。 CNNの映像では出ていたかどうか覚えていませんが、そのときNASAから中継されたNASA宇宙管制センターの映像では、着陸予定時刻を過ぎて、信号がいっさいなくて、上空に姿を見てないという時点で、フライト・ディレクターが「もうダメだ」と頭を抱えてる映像が出ていたように記憶しています。

立花 何だと思いました?

野口 最初はわからなかったですね。 なんらかの理由で機体の左側で急激な温度上昇があって、機体を覆う耐熱タイルが損傷したのだろうかと思いましたが、最終的には、翼の左翼前縁部パネル8に亀裂が入った状態で大気圏に再突入し、そこから過熱された空気が(おそらく華氏五〇〇〇度以上)がパネルの裏の隙間に入り、亀裂を広げます。 だから翼前縁部を保護する断熱部が壊され、過熱空気がキャビン内部に侵入してキャビンの中でなんらかの爆発みたいなのが起こし、制御不能となって左翼を破壊した……。 ただ、立花さんがおっしゃられたように、非常にルーティンな飛行で、科学実験ミッションでしたしね。十五日間同じペースで、ずっと行ってたミッションです。 コロンビア打ち上げのときは、私も明確に覚えています。 私の友人が七人乗ってましたしね。 彼らもずいぶん待たされていたんで、ようやく上がったねという気持ちで、打ち上げを見ていました。 その後は、あまり関心を持ちませんでした。 NASAで見ていても、コロンビアは科学実験の繰り返しでしたから。 「今日、帰ってくるんだ」という帰還のときは、先に申しましたように、翌週の自分の訓練のことで頭がいっぱいでしたから。

立花 だから、CNNの実況も、全然気合いが抜けた印象でした。

野口 そうでしたね。

立花 ルーティンっていう感じでやっていた。

野口 後からビデオ見て、そんな感じでしたね。

立花 チャレンジャー爆発のときはどうでしたか? どこでお知りになられた?

野口 チャレンジャーのときは、ちょうど、私が大学一年のときですね。 事故が八六年一月二十八日の夜中でしたから二十九日のニュース映像を見たんだと思います。 当時、東京・下北沢に住んでいましたが、下宿にテレビがなかったので、学校で、それも生協かなんかで見ました。 発射直後のスペースシャトルが爆発するというセンセーショナルな映像でした。

立花 そうですね。 発射後の歓声が一分十二秒後には悲鳴にかわりました。

野口 あのミッションには、ニューハンプシャー州のクリスタ・マコーリフさんという、一般市民からはじめて選ばれた高校の社会の教師が乗ってるということで、アメリカ国内でもかなり注目されていたようです。 日本の大学一年生にとっても、空中爆発したこと、それも皆が見てる前で人が亡くなったというのは、すごく衝撃でした。 ただ、私自身は、その時点以前から航空宇宙に、航空学科に行きたいと思っていました。

(つづく。次回更新予定日:2006.1.20)


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